猛スピードでどこへ?

長嶋有さんの「猛スピードで母は (文春文庫)」読了。タイトルの「猛スピードで母は」と「サイドカーに犬」の2本収録。
一度目に読んだときは「やけにあっさりした作品だなー」と感じた。
ずっと気になっていた書題だった。ブルボン小林名義で「ぐっとくる題名 (中公新書ラクレ)」という本を書いているだけあって、つかみはOKってやつですか?
あちこちの書評を読むと「潔い女性が〜」と書かれていることが多いように思えたけど、ワタシにはどうにも出てくる女性たちが「潔い」ようには見えない。それこそ「猛スピード」で、迷走しているように感じられる。
どちらの作品も視点は10代前半の少年少女で、対象になっているのは30代前半の女性である。ワタシの感覚としては30代女性の方が断然に近い。
作中では少年少女の心情や機微が緩やかな口調で描かれているが、対象となる女性たちの葛藤はあまり詳しく表現されていないように思う。確かに少年少女から見れば、猛スピードで走り回っている30代女性という物は「潔く」見えるかもしれない。しかし、当の30代女性にしてみれば代わり映えのない日常に鬱々とし、定まらない自分の立ち位置(愛人だったりシングルマザーだったり)に、なにがしかの不安を抱えているだろう。「猛スピードで」それらの鬱屈を振り払っていないと、ずるずると平穏の振りをした重苦しい何かに押しつぶされそうになってしまう。
というのは、やっぱり読んでいるワタシの事情だったりする訳で。別に愛人でもシングルマザーでもないけど。年代的な共通性は感じるし。
30代前半の女性の内面について詳細に描かず、少年少女の目を通してみる事で、女性的な潔さと同時に言葉にしがたい焦燥を表現している。短い文章や、淡々とした語り口の中でも、たくさんの事が行間に詰め込まれている。
そう思って改めて読み直してみると、深い物語だなーと感じ入った。

猛スピードで母は (文春文庫)

猛スピードで母は (文春文庫)